―ストレスからくる不調の軽減をお手伝い致します―

「諦め」と「気付き」

これを「諦めた」と言うのでしょうか。

これは、「諦めてください」と言っているわけではないんです。

 

例えば、

 

「自分の力で空を飛べるようになりたい」と言っている人がいたとします。

 

ドラえもんの道具、タケコプターかもしれませんし、
ハリーポッターの空飛ぶホウキでもいいです。

 

この先の未来に新たな技術、新たな力が発見されたら、実現しないとも限りません。

 

では、それがいったいいつぐらいに実現されるでしょうか。いつ頃に一般向けに商品化するでしょうか。

 

ハッキリとはわかりませんが、少なくとも近いうちに完成されるような気配はしないです。
そうしているいうちに、
その人の「自分の力で空を飛べるようになりたい」という思いは消え去っていきました。

 

 

 

 

これを「諦めた」と言うのでしょうか。

 

実現の見込みがない事に「気付いた」という方が、適しているような気がします。
このまま行っても実現しないという未来が見えているのです。

 

諦めるとか、それ以前の問題です。

「諦めた」のではなく「気付いた」

私は、問題のある彼女の患った疾患を治そうとした事を「諦めた」のではなく、
私の力で治すという事ができない、その事実に「気付いた」んです。

 

そして本人に対して的外れな努力をしていた私は、専門機関での診察を受ける事を勧め、そして頑なに拒まれました。
私はそうした光景を見て「このまま行っても、彼女との幸せな将来は実現しない」という未来が見えてしまったのです。

 

何かの問題に対し「諦める」という思考には、どちらかというと「悔しさ」が伴います。
そして、
自力でどうにもならないと「気付いた」というのは、どちらかというと「虚しさ」が伴います。
ここに違いが出ます。

それだけがあなたの人生ではないのです。

空を飛ぶ手段ならいくらでもあるのに、

 

いつか空を飛べるようになると夢見て、

 

いつまでも地上から空を見上げて、

 

いつ開発されるか分からないタケコプターや空飛ぶホウキを待ち続ける行為。

 

それだけがあなたの人生ではないのです。

 

 

 

あなたの人生を豊かにする手段はいくらでもあるのに、

 

いつかこの人が治る日を夢見て、

 

いつまでも相手の行動や言動に翻弄され、

 

いつ治そうと行動に移せるのかも分からない相手を待ち続ける行為。

 

それだけがあなたの人生ではないのです。

 

 

 

いつか満タンになる事を夢見て、穴の開いたバケツに延々と水を注ぐ、

 

 

いつか潤いを取り戻すと夢見て、広大な砂漠の中へと延々と水を流す。

 

気付いて下さい

 

 

あなたというバケツに穴が開く前に、

 

あなたという森が砂漠へと枯れる前に。


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