―ストレスからくる不調の軽減をお手伝い致します―

フラッシュバック

感情の残像

フラッシュバックは、逃れようとすればする程、脳裏に浮かんでは消える、いわば“感情の残像”です。

 

私は、問題の相手と付き合っていた当時は、相手の衝撃的なメールによく翻弄されていました。

 

相手からのメールを受信し、開いてみると、私に別れを告げるような、それでいてポエムのような長い文章。

 

そこに添えられた添付画像を開くと、血だらけのティッシュと手首の画像が。

 

それらが脳裏に焼き付いています。

 

でも、あくまでそれは脳裏に残像として残っているだけです。

 

確かに気持ち悪いし、この画像ですぐにトラウマになってしまう人も多くいるでしょう。

 

 

 

でも私にとってもっと怖い、フラッシュバックとして記憶に刻まれた事は、そういう血とか誹謗中傷の文章などといったものではありませんでした。

 

それは、ガラケー(当時はスマホが存在しませんでした)にメールが来る直前の、iモードのマークが画面の上部で点滅する、あの一瞬の感じ。

 

「これからメールの受信の画面に変わるのか?それとも、ただインターネットのパケット通信をしただけなのか?どっちだ?」不安な気持ちになります。

 

また、あるときは、

 

夜中に暗い寝室で、突然画面がぬーっと明るくなり、“メール受信中”と表示が出て、

 

次いで、“画像”が送られてきている事を意味する、“添付データ受信中,,,00KB”と、不気味に増えていくデータ量の数字、、、。

 

あの何ともいえない、これからどんなメールが来るんだろう、どんな写メが届くんだろうというような恐怖感、これこそが感情の残像として残っています。。

 

今だからこそ、スマホが普及していますが、私は通話用にガラケーを所有しているので、

 

今でもメール受信のあの画面に切り替わると、なんとなく思い出します。

 

ただ、そこで強い恐怖を感じるのは、随分と昔の出来事。

 

恐らく一生忘れないかもしれませんが、今では嫌とも何とも思っていません。

 

それはなぜか――――――

今を生きる事に精一杯

話題は変わりますが、あなたは不老不死ですか?

 

永遠に生き続ける事が、できるでしょうか?

 

遅かれ早かれ、その命は、必ず尽きる時が来ます。

 

つまり、あなたも私も、いつか死ぬんです。絶対に。

 

どういう死に方でしょうか。100まで生きて、家族に囲まれ、皆に見守られながら、最後の時を全うする。

 

素敵な事ですし、それを望む人は多く居るはずです。

 

でも、「死」は、いつ訪れるか分かりません。

 

病気にかかるかもしれないし、突然倒れたり、突然の事故に巻き込まれたり。

 

それは誰にも分からない。

 

それをいちいち恐怖しながら生きているのかというと、

 

たぶん、そんな事ないと思います。不思議ですね。

 

では、「いつか死ぬんだ」と“諦めながら”生きていますか?

 

そんな事もないと思います。空気のように、諦める事すら忘れて、、

 

でもみんな、話題に出さなくとも、“気付いて”るんです。

 

“みんな、人は必ず死ぬ”みたいなネガティブなテーマを掲げて、女子会を開いたり合コンをする、なんて事は、ないと思います。

 

でも、女子会で大盛り上がりしてる人たちに訪ねても、合コンで必死に女性にアピールする男性に尋ねても、恐らく答えは同じです、

 

みんな、「自分はいつか死ぬ」という事実に気付いているという事。

 

それについて慌てても仕方がないですし、そんな事より何よりも、みんな、今を生きる事に精一杯です。

 

そう、“今を生きる事に精一杯”。

 

これを、そのままあなたのフラッシュバックに応用すればいいんです。

 

 

トラウマや心の傷は、まず簡単には消えません。

 

何をどう努力しようと、消えないものは消えないんです。

 

 

あなたがどんなに怖い思いをしても、結果として、今、この文章を読む事ができています。

 

読むという行為は生きていなければできない事です。つまりあなたは今、しっかりと生きてるんです。

 

嫌な記憶が頭を巡っても、その記憶そのものに殺されるような事もありません。

 

生きる事に集中していれば、それすらも徐々にどうでもいい事として認識されるようになります。

大きな幸せも必ず待っています。

私は生きる事に集中しました。というか、生活がかかっているので、仕事する事に集中せざるをえなかったのです。

 

そうすると、仕事や金銭といった、生きる前提でのトラブルが必ずと言っていい程起こります。

 

私は全身全霊で取り組み、どうにか問題を乗り切りました。

 

当時は問題のある人からの被害で体調を崩した事による入院費用と欠勤からお金がなくなり、「今月をどう生き延びるか」みたいな事を毎日考えていました。

 

一カ月一万円生活のような感じです。毎度、一膳の白飯と振り掛けの食事、ガソリンが買えず動かない車、点かない石油ストーブ、、、

 

その時点で、メールがどうだとか、着信がどうだとか、そんな事は大した問題ではなくなっていました。

 

そうしているうちに、携帯が止められました。半月程でしたが、その間はどうやってもこの携帯を鳴らせる人はいません。

 

私にとってこれがフラッシュバック克服の決定打となったのかもしれません。

 

私は、まさしく“生きるのに精一杯”でした。生きようとする活動に取り組む以外に選択肢がありませんでした。

 

結果として、フラッシュバックは自分の中でとても小さな存在になっていました。

 

トラウマや心の傷は、まず簡単には消えません。

 

何をどう努力しようと、消えないものは消えないんです。

 

ですが、今後、そういったフラッシュバックを遥かに越える、

 

悩む暇すらない、精一杯取り組まなければならない大きなトラブルも待ち受けていますし、

 

同様に、悩む暇すらない、大きな幸せも必ず待っています。


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