ストレスからくる不調の軽減をお手伝い致します

治療という“ギャンブル”

治るまでの道のり

問題のある相手を治す為に治療し、完治に至るまでの道のり。

 

、、、それが一体どれくらい時間がかかるのか、

 

問題のある人からの被害や、共依存に陥った方なら分かると思いますが、

 

あと半年や1年程度では、とうてい治らないのが目に見えています。

 

では、5年ではどうでしょう。問題のある人の、問題のある人柄をハッキリと確認してから現在に至るまで、どれ程の時間が経過しているでしょうか。

 

そこから、現在に至り、おおよそ5年後に治っているかどうか、もしくはどれほどまで治療が進んでいるかの見積もりを、出す事ができるでしょうか。

 

私の相手の場合は、説得だけで3年掛かりました。

 

一度治療を行い、

 

中止した後に付き合い始めたので正確な見積もりは立てれそうにありませんが、

 

その間、この話題が出る度に幾度となく争い、悪者にされ、

 

それでもいつか聞いてくれると思い続けました。

 

そして、治療を始めたのは、私と別れた後の事です。

 

(ちなみに別れた後に本人からの連絡で知りましたが、本当に治療を開始したのかは、実際のところ分かりません)

 

いつまでも説得を続けた私も、病的でした。

 

共依存特有の、

 

「彼女を変える事ができるのは、俺しかいない」

 

という勝手な使命感を執念のように持ち続けていました。

 

結局のところ、本人が自ら治療を望み、

 

完治させたいと強く希望しない限り、うまくはいきません。

 

そうでなければ、いつ終わるかもハッキリと分からない道のりを、挫折する度に振り出しに戻ってを繰り返します。

期待

では、

 

大量の薬、カウンセリング、お金と時間。

 

これらを注ぎ込み、相手が完治する段階まできたとします。

 

まず、あなたはまともな状態ではないと言い切れます。

 

数年〜十数年間、あなたを全力で潰しにかかり、あなたというサンドバッグをめった打ちにします。

 

正直言って、あなたが幸せと思えるレベルには到底、割に合いません。

 

「損得の問題ではない」そう仰る方も居られるでしょう。
でも、あえてここでは述べます。

 

あなたが「問題のある人が完治するという幸せを得る」という“得”に対する、
あなたが「それまで受け続けた苦痛と費やした費用や時間」という“損”の比率が、あまりにも大きすぎるのです。

 

ゴールが見えないマラソンと、

 

ゴールの見えるマラソンでは、

 

苦痛のレベルが違います。

 

まず、いつ終わるのかも分からないので、計画すら立てられません。

 

そこで出てくるのが「期待」という感情です。

 

期待についてはこちらコラム〜いきなり大きな事からやろうとすると確実に失敗する〜でも触れていますが、

 

人間とは愚かな生き物で、

 

大きな労力をかければかける程、

 

相手の状況を無視して「きっとこれで良くなるはず」と期待してしまうものです。

 

まして、先が見えないという条件下で、

 

相手にそんな回復の兆候が少しでも見えてしまうと、なおさらです。

 

相手の時々見せる、穏やかな態度や振る舞いに、まず確実に期待してしまいます。

 

これが、例えば

 

「今から○○年後には完治しますが、

 

それまで治ったような態度をされても,

 

安心したり油断したりしないでくださいね」

 

などと主治医なり専門家なりに言われていれば、

 

「これはまだ治る途中の段階だ。

 

今の相手の振る舞いや態度は、まだ治った証拠とは言えないから、

 

まだまだ期待しないでおこう」

 

と、多少は身構えて接する事ができるかもしれませんが、

 

先程述べた通り、この疾患はいつ頃治るのか、全くわからないのです。

いつ終わるかもハッキリと分からない道のり

医師や専門家にすら見当がつかない状況で、

 

唯一頼れるのは、あなたの目に見える光景だけ、、、。

 

そんな中で、ある日突然、心穏やかに、優しく接してくる。

 

心配してくれる。気を遣ってくれる。

 

あなたは、何をどう身構えようと、期待してしまいます。

 

“これは、、治ったという事なのか?それとも、一過性のものなのか?”

 

“いや違う、きっとまだ症状の真っ只中なんだ、、”

 

“でも、以前に機嫌を良くした時とは、雰囲気が違う、、”

 

“やっぱり治ってきているのかもしれない、、”

 

そんな葛藤の末、相手から突然罵声を浴びせられ、

 

悪者扱いされ、謝罪を強要され、

 

再び「一時の健常者」は「腫物」に戻る。

 

こんな事を延々と繰り返すのです。数年間、十数年間、、、

 

どこかの修行僧でもない限り、これを耐え凌ぐ精神力など考えられません。

 

何か特殊な機械で、ハッキリとサインが出るとか、そんな検査も存在しません。

 

誰にもわからないのです。本人ですら、分からない。(治ったと言い張る事は多々あります)

 

こんな、地図も無ければ明かりもない暗闇で、食料も与えられず、逆立ちしながら砂漠を横断するような苦行。

 

ちなみに私には、「10年後に治る」とハッキリ言われても、身体が持たないです。

 

お金は、働けば増やす事ができる資産の一種です。

 

しかし、増えない資産もあります。

 

それが時間です。

 

コラム〜時間の重要性〜でも話していますが、常に減り続ける資産なのです。

 

私は、そんな「問題のある人の幸せ」に時間やお金といったあなたの資産を消費するのではなく、
 
「あなた自身の幸せ」に資産を使うべきだと思うのです。

 

美味しいものを食べれば、あなたの心は「この料理はとてもおいしい」と思い、

 

壮大な景色を見れば、あなたの心は「なんて素晴らしい景色なんだ」と感動します。

 

それが通常です。

 

それらを素直に感動できない・喜べない

 

という状態になっているとしたら、それはもう通常ではありません。

 

精神的に荒んだ状態と言えます。

 

私は心が荒む前に、体調を崩しました(詳しくはプロフィールをご覧ください)そこで正気に戻りました、「これは、続かない」、と。

 

そして、自分の身体が徐々に回復していく中、私は、「まず自分自身が幸せになる事を追求しよう」そう静かに決心し、全てをリセットしました。


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