―ストレスからくる不調の軽減をお手伝い致します―

過信は高を括る原因に

気付けば「自信」は「過信」に

日々の小さな成功体験

 

 

「毎日早起きをする事ができた」

 

「お酒を普段より我慢してお金を節約できた」

 

「売り上げを少しだけ伸ばせた」

 

 

これらの出来事は、自分の努力の末に手にする事が出来た成果であり、

 

いずれも自分自身に行動の可能性を広げてくれる効果があります。

 

自分に自信のない人は、そういった事を意識して生活するだけでも、毎日に変化をもたらします。

 

ですが、

 

成功体験を重ねて自信をつけるというのはたいへん有効な手段ではありますが、

 

何もしない、しても少し行動に移しただけで

 

「自分にならできるに決まっている」

 

などと“高を括る”というのは、かえって失敗を招く原因になります。

 

そういった予想は、ほとんどの場合は外れていて、

 

自分の能力の過信や物事の軽視により、

 

本来なら掻い潜る事が出来たはずの問題までも簡単につまずいてしまい、

 

解決に時間や体力を大幅に消費します。

 

調子に乗って失敗したり大恥をかくのは、

 

ほとんどの場合は自分の把握できる範囲を超えた行動の末に起きる出来事です。

「つもり」の怖さ

私は仕事中に、

 

お得意先との会話で「かんれいしゃ」という商品の話題になり、

 

自分に話題を振られ、私はその「かんれいしゃ」が何なのか分かりませんでした。

 

こういった、自分が知らない言葉の内容に差し掛かった時、

 

知っている事が前提のような素振りをしながら、

 

どうにか話を逸らしてひと段落させる所まで話を持っていき、

 

トイレに行くフリをしたり、車に忘れ物を取りに行くフリをして、

 

その間に隠れて大急ぎでスマホでネット検索をして、

 

その言葉や名称について少しでも理解し、

 

次の会話に繋げたという事が何回かあります。

 

ちなみにその当時に話題に出た「かんれいしゃ」とは、「寒冷紗」と書き、

 

これは私の職業上、頻繁に目にする物でした。

 

ただ、私たちの間ではそれを「ファイバー」と勝手に呼んでおり

 

(それは商品名でもなく、ただ見た目で判断してそう呼んでいた)、

 

正式名称なんて意識もしていませんでした。

 

頻繁に見ているはずなのに、ハッキリとした事を理解していない、

 

あるいは理解している「つもり」になったまま、

 

大恥をかくところでした。下手をすると、信用も減ってしまうところでした。

大きく見積もって身構える

大人同士の重要な真剣なやり取りの中で「つもり」というのは、

 

「知らない」「理解していない」のと同義語と言ってもいいでしょう。

 

ただ、ビジネスの場になると、

 

そういった場合は先ほどのような多少の「ハッタリ」をきかせる必要もありますが、

 

あとで自分の知識不足が完全にバレる前に、徹底した勉強で補填する必要があります。

 

 

なんとなく理解している「つもり」になっているのは非常に危険です。

 

むしろ、分からないなら分からないとハッキリ言えばいいだけなのです。

 

実力や知識を把握していないと、このような事が起こります。

 

それなら「思っていたより困難な事態が待ち受けている、悪い展開かもしれない」

 

と“予想”した方が、よっぽど後々の出来事に対応しやすくなります。

 

それで思っていたよりもマシであれば、なおさら気持ちに余裕が生まれ、

 

精神衛生上にも負担が少なく済みます。

 

この余裕こそが後の自信へと繋がるのです。

 

より謙虚な姿勢で物事に臨む事で、その後の結果が良い結果でも過大評価せず、

 

例え悪い結果でも正面から向き合い分析し、

 

それを繰り返す事で、より高みへと昇る事ができるのです。


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