―ストレスからくる不調の軽減をお手伝い致します―

あなたの受け取り方次第で

お皿に乗ったイチゴとケーキに乗ったイチゴ(前編)

私は、イチゴが大好きです。

 

 

 

小さい頃、高価であまり食べる機会のなかったイチゴがお皿に乗って出された時には、本当に大喜びしたものでした。

 

 

 

でも、疑問に思う出来事がありました。

 

 

 

誕生日で食べるイチゴのショートケーキは、とても酸っぱいのです。

 

 

 

お皿にいくつも乗っているイチゴは、あんなに甘いのに、

 

 

 

どうしてケーキに乗っているイチゴは、酸っぱいものばかりなのか、、、。

 

受け取る側の状況で評価は変わります

真っ白の画用紙に、グレーのペンキを垂らすと、どのように見えますか。

 

 

 

恐らく「白という明るい色の中にグレーという暗い色が混じった」

 

 

 

というように見えると思います。

 

 

 

また、真っ黒い画用紙に、グレーのペンキを垂らすと、どのように見えるでしょうか。

 

 

 

恐らく「黒という暗い色の中にグレーという明るい色が混じった」

 

 

 

グレーという色そのものには、変化は起きていません。

 

 

 

変化が起きたのは周囲の色であり、それに対してグレーという色が比較されて明暗を分けた、という事なのです。

 

 

 

 

 

 

 

昔、

 

 

 

学生の頃から憧れていた車を、就職して、必死に貯金して、やっとの思いで買った日の帰り道。

 

 

 

普段見慣れた地元の景色なはずなのに、運転席から見たそれは全く違う景色に感じたのを覚えています。

 

 

 

これは車を手に入れたという「環境の変化」による喜びから、視界に入ってくる景色を新鮮なものとして捉えたのです。

 

 

 

 

 

 

 

人の見方も、食べ物の味も、景色も、気温ですら、その時の状況で評価が一変します。

 

 

 

 

 

 

 

“明るくて元気な人”と付き合ったら、

 

 

 

落ち着きのない、うるさい人だな、

 

 

 

と感じる事だってあると思います。

 

 

 

 

 

“物静かな人”と付き合ったら、

 

 

 

こちらが話しかけない限り何も言わない、騒がしい場所だと何をしゃべっているのかわからないような暗い人

 

 

 

なんて感じる事もあるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

でもこれは、あなたの理性が勝手に判断しているだけです。

 

 

 

明るい人はそれが普通で、別にうるさく振る舞ったつもりはなく、

 

 

 

静かな人も、言葉数が少ないのは他が判断しているだけで本人はそれが通常なのです。

 

 

 

 

 

 

 

世界一の素晴らしい商品を作ったつもりでも、それを世に出すと必ず何か指摘したり、批判する人が出てきます。

 

 

 

また、「これは最低最悪な商品だ」とあなたが判断した商品だとしても、それを絶賛する人が、必ずどこかに居ます。

 

 

 

「世界一」とは人それぞれで、

 

 

 

「最低最悪」もまた、人それぞれ。

 

 

 

 

 

 

 

気温、25度。

 

 

 

炎天下、40度近い日が続く真夏の日々の中で、突然、気温が25度まで下がった日があったら、どう感じるでしょうか。

 

 

 

それはそれは涼しい日に感じる事でしょう。

 

 

 

また、雪もちらつく程の真冬、氷点下近くまで下がる毎日に、突然、25度まで上がった日があったら、どう感じるでしょうか。

 

 

 

少し動けば汗ばむかもしれないような陽気の日に感じるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

気持ちに余裕がある時は、他人のアドバイスをお節介に感じてしまったり、

 

 

 

しかし悩みや不安な気持ちで一杯な時は、藁にも縋る思いで耳を傾けたり、

 

 

 

精神が不安定な状態だと、周りの言葉一つでも、一喜一憂してしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

人の見方も、食べ物の味も、景色も、気温ですら、その時の状況で評価が一変してしまうのです。

 

環境を変化させれば解釈は良い方向へ変わっていきます

物理的状況や心理背景によってつくられたその時その時の気分によって、ものの見え方が大きく変わってくる為に、

 

 

 

本来は意味や価値など存在していないものに対し、

 

 

 

後から私たち人間が「色付け」をしているのです。

 

 

 

これは精神世界のものでも現実世界のものでもすべてにおいて言える事です。

 

 

 

それは言い換えれば、

 

 

 

こちらの環境を変える事さえできれば、悪いと感じた事を、良いように受け止める事だってできるようになります。

 

 

 

完璧には変えられないかもしれませんが、こちら(受け取る力)の環境を少しでも変える事ができたら、

 

 

 

それは物事に対してもより良く捉える事が出来るようになるという事です。

 

 

 

どんなに高級なコース料理でも、

 

 

 

満腹になっている時、体調が悪い時には、

 

 

 

食べたい!とはならないと思います。

 

 

 

でも、体に力が入らなくなるぐらい空腹な時は、

 

 

 

白いご飯と沢庵(たくあん)があるだけで、美味しい食事に感じます。

 

 

 

「空腹は最高の調味料」という有名な言葉もあるくらいです。

 

 

 

「空腹」は、こちらの環境の変化の一種です。

 

 

 

それを欲する、好ましく思える、無害と感じられる、

 

 

 

こうした受け取る側の「解釈の変化」をつける事ができるだけで、

 

 

 

悪いものを悪いと認識する事を軽減し、

 

 

 

良いものはより良く認識出来るようになります。

 

お皿に乗ったイチゴとケーキに乗ったイチゴ(後編)

なぜ、ケーキに乗ったイチゴは、酸っぱいのか。

 

 

 

それは、食べ物を食べる時に陥りやすかった私の癖である

 

 

 

「最後にとっておこう」という習慣が災いしました。

 

 

 

果物などの自然の甘さというのは、人工の甘味料に比べると劣ります。

 

 

 

そして味覚は、強い味を感じると「慣れ」が生じて、

 

 

 

その味を感じるハードルが上がっていきます。

 

 

 

無知な私はスポンジや生クリームといった、

 

 

 

糖分をたくさん含んだ箇所を先に食べてしまった事により、

 

 

 

強い甘さに味覚が慣れてハードルが上がってしまい、

 

 

 

少しの糖分では甘いと思えない環境ができてしまったのです。

 

 

 

そこでイチゴを食べれば、当然、

 

 

 

「酸っぱい!」となってしまうのも、無理も無いですね。

 

 

 

より良く解釈できる、

 

 

 

良く受け取れる環境を作る、

 

 

 

そう心掛けていきたいものです。


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